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東京地方裁判所 平成10年(ワ)24636号 判決 1999年8月30日

原告 株式会社○○商事

右代表者代表取締役

夏目洋司

右訴訟代理人弁護士

近藤康二

被告

アメリカン・ライフ・インシュアランス・カンパニー

右日本における代表者

戸國靖器

右訴訟代理人弁護士

戸部秀明

主文

一  原告の請求を棄却する。

二  訴訟費用は原告の負担とする。

事実及び理由

第一  請求

被告は、原告に対し、金四八四九万六八五〇円及びこれに対する平成一〇年九月二二日から支払済みまで年六分の割合による金員を支払え。

第二  事案の概要

一  本件は、原告が被告に対し、保険契約に基づき、損益相殺金を控除した死亡保険金の残額の支払を求めた事案である。

二  争いのない事実

1  原告は、蜂蜜、ローヤルゼリー及びプロポリスの製造販売並びに輸出入業等を目的とする株式会社であり、被告は、生命保険及びその再保険事業等を目的とする株式会社である。

2  保険契約の締結

原告は、被告との間で、平成九年六月二六日、次のとおりの保険契約(本件保険契約)を締結した。

(一) 証券番号 三A〇五七五一三三

(二) 契約者 原告

(三) 被保険者 乙山太郎(太郎)

(四) 死亡保険金受取人 原告

(五) 責任開始日 平成九年六月二六日

(六) 終期 平成二六年六月二五日

(七) 主契約保険金額 金五〇〇〇万円

(八) 主契約保険料 一か月金一三万五八五〇円

(九) 災害死亡給付特約 金二〇〇〇万円

(一〇) 同保険料 一か月金八〇〇円

3  約款上の定め

本件保険契約にかかわる被告の約款(乙一、無配当平準定期保険普通保険約款一条)においては、責任開始の日からその日を含めて一年以内の被保険者の自殺については保険金を支払わない旨の定めがある。

4  保険事故の発生

被保険者太郎は、平成一〇年五月一六日、原告会社の二階社長室で、角帯を換気扇にかけ、首をつり自殺を図り死亡した(右死亡は、責任開始の日から一年以内の死亡であった。)。

三  争点

被告は、約款により、自殺免責を受け得るか否か、すなわち、太郎の自殺が、精神病その他精神障害により自由な意思決定ができない状態でその者の動作により死亡の結果を生ぜしめた場合に該当するか否か(太郎の精神障害等の事由の存否)、という点にある。

四  争点についての原告の主張

1  商法及び約款における自殺免責条項にいう自殺(被保険者が故意に自分の生命を絶つことを意味し、これを目的として死亡の結果を生ぜしめる行為)に該当するためには、被保険者が自由な意思決定ができる精神的能力を有する状態で自殺を決定実行することが必要であり、これがない状態で行われた自殺の場合(意思無能力者や継続的な精神病者その他の精神障害中又は心神喪失中の被保険者が自分の生命を絶つ場合等)には、自殺免責条項にいう自殺とは認められず、保険金支払義務を免れないというべきである(通説・判例)。そして、被保険者の死亡が自殺であることの証明責任は保険会社にあり、被保険者の自殺が精神障害に基づくとの証明責任は保険金受取人にある。

2  本件の被保険者であった太郎が、右にいう「その他の精神障害中」で「自由な意思決定をすることができない状態」で自殺したことは、次に述べるところから明らかである。

(一) 太郎の行動と言動を理解するに当たっては、太郎が平成五年七月一〇日に罹患した脳梗塞発作による右側頭葉広汎性梗塞という重大な脳器質性疾患の影響を無視するわけにはいかない。太郎の自殺直前及び自殺当日の行動・言動についても、その側頭葉が障害を受けていたことによる影響は否定できない。

(二) 自殺を企図する者は、多少なりとも通常の心理状態ではない状態となり自殺することがあるとしても、太郎の言動は、到底理解不可能な言動が続いている。すなわち、

(1) 太郎は、ホジキン病、左脳梗塞発作と二度の大病を経験し、闘病生活を続け、これを乗り越えたのであり、病気に対する克服心が強いのが一般であるにもかかわらず、今回の太郎の対応はあまりにも消極的であった。

(2) 平成一〇年三月二〇日から同年五月一五日までの上村脳神経外科クリニック及び湘南中央クリニックへの通院は、太郎の判断と意思でなされている。

(3) しかし、右通院においては、なぜか医師の根治的治療を拒否している。

(4) 他方、湘南中央クリニックにおいて入院を強要された平成一〇年五月一五日(金曜日)にはこれを拒否したものの、同日中に同月一八日(月曜日、一番早い日の予約)の藤沢市民病院における診療予約を取っている。

(5) 翌五月一六日は土曜日であり、社員の多くは東京での仕事に出ていたことから、会社を休んでも業務には差し支えないが、出社した。その直後、これまでと同様な嘔吐はしたものの、これが収まり、二階の社長室に上がった直後、自殺をした。

(三) したがって、この間、太郎は、「問題解決能力の低下及び集中思考能力の低下などの状態が続き、抑鬱状態を伴い、自分で決断ができない状態が積み重なり、軽度の錯乱状態に陥っていたと推定される。」(甲五)状態、あるいは、「極度の精神的・肉体的疲労にみまわれておられたような印象を窺えた。この点からみて本人の言動や挙動が前後不覚の心理状況におかれていた事実は否めないものと考えられる。」(甲六)状態に陥っていたものとみなければ、到底理解することはできない。

このことは、まさに、太郎の死が、「その他の精神障害中」で「自由な意思決定をすることができない状態」で自殺したことの表れである。

3  本件における遺書は、自殺直前に書かれたものであって、精神状態が正常である時に書かれたものではなく、本件において、遺書の存在イコール自由なる意思での自殺とすることはできない。また、遺書の内容(「つかれはてました。このみちしかありません。」)からして、会社内の人間関係、経営問題に悩んだことから自殺したということはできない。

五  争点についての被告の主張

1  商法及び約款で規定する自殺とは、被保険者が自分の生命を絶つことを意識し、これを目的として死亡の結果をまねく行為のことをいう。ただし、被保険者が精神障害等の事由により、被保険者が自由な意思決定に基づかない状態で自殺した場合は、保険金の支払はすべきである(通説・判例)。そして、自殺についての証明責任は保険者にあり、被保険者の精神障害等の事由については、受取人にある(通説)。

2  精神障害中の自殺として、自殺免責が認められないのは、そのような類型の自殺が、自由意思がない、いいかえれば疾病による死亡と評価できるからであり、一時の感情にかられた自殺については、疾病による死亡といえないことは当然である。

また、精神的疾患があったとしても、そのすべてが自由意思に基づかない自殺を引き起こすものではなく、医学的にみて自殺傾向が存在することが明らかな内因性うつ病のうち重症のものや事理弁識能力の欠ける一部の精神分裂病のような疾病に限定されるというべきである。

したがって、自殺前に不自然な言動があるような場合に、そのことをもって精神障害中の自殺として自由意思が認められないと即断すべきではない。なぜなら、自殺は、本来人間として自然に備わっている生存本能に反して自ら死を選択する行為であり、通常と異なる精神状態にあるからこそ生存本能を断ち切ってまで実行に移すものである。そこには、死を選択するにいたる苦悩、死の恐怖、生きたいという気持ちからくるためらい等、はかりしれない心理状態にあるとみられるのであり、一見不自然とみられる言動はその表れとみられるからである。

3  太郎は、いわゆる首つりによる自殺(非定型的縊死)によって死亡したものであるが、以下の点を総合すると、到底「精神障害により自由意思を失っていた」とはいえず、かえって自由意思があると認定できる。

(一) 明確な自殺の動機の存在

(1) 第一の動機は病苦である。

太郎は、昭和五六年ころ、悪性リンパ腫の一種であるホジキン病に罹患し、昭和六二年ころまで継続的に治療を受けており、その治療の副作用によって太郎は苦しんだ経験がある。その後、太郎は、長期間、常にホジキン病の再発のおそれという不安にさらされ、少なくとも平成九年一月二八日からは抗悪性腫瘍剤ベスタチンの投与も再開された。平成一〇年三月二三日には、太郎は、体調不良を訴えて医師の診察を受け、検査の結果、腹水の貯留が認められ、胃癌や癌性腹膜炎に罹患していた可能性があり、さらにはホジキン病の再発も疑われた。さらに、太郎は、自殺時までの二か月の間、頻繁に嘔吐する等して急速にやせていったが、その間に本格的な治療は拒否し、嘔吐を抑えることや腹水の減少をさせる等の対処療法のみを実施させていた。

太郎は、ホジキン病や胃癌の疑いがあることを医師から告知されたことにより、深刻に悩んだことは疑いない。また、その後の病状の度重なる嘔吐は太郎を苦しめていた。これらの苦痛にもはや耐え難くなり太郎は自殺したものといえる。

(2) 第二の動機として、太郎が原告会社内の人間関係、経営問題にも悩んでいたことがあげられる。

太郎は、平成九年一月二八日、自分の意に叶った宮嶋智史を原告会社の代表者にしたが、社内の妻乙山花子や夏目洋司から反対されるなど人事問題で、社内は揺れていた。

最終的には、平成九年一二月二四日に宮嶋は代表取締役を辞任し、太郎が代表取締役に再度就任したものの、その間社内に混乱が生じて、太郎は、自らの意見が社内で否定され受け入れられないと、心理的に悩んでいた。

(二) 遺書の存在

(1) 太郎は、自殺直前に遺書(甲一四)を残しており、この遺書の存在から、精神障害等を原因とする自殺ではないことが裏付けられる。

(2) 内容についても、「つかれはてました。このみちしかありませんでした。」とは、病気や社内の人間関係に心身ともに悩んだことを告白し、自ら死を選んだことを表明したものと解釈できる。

したがって、太郎の死は、覚悟の自殺であったというべきである。

(三) 自殺の態様

(1) 太郎は、原告会社二階の換気扇に角帯を掛けて首をつり、壁に背をもたれて座った形で自殺した。このように、頸部に全体重がかからず、身体の一部が地面や床に接着した形での縊死(非定型的縊死)のほうが、中途で自らの意思で自殺を中断することも可能であるから、自殺を遂げるには、より死の意思がはっきりしていると評価できよう。

(2) 自殺に使用した角帯は、太郎があらかじめ用意していた可能性が極めて高く、事前から計画された覚悟の自殺であるというべきである。

(3) 自殺現場には、ビール缶があったことから、太郎は、死の恐怖を振り払う目的で飲酒の上、自殺したものとみるべきであって、自由意思があったことがここからも裏付けられる。

(4) また、太郎は、自殺現場の二階に鍵をかけていたが、これは発作的な自殺でないことをうかがわせるものである。

4  なお、本件保険契約は、その加入時に、太郎がホジキン病や脳梗塞の既往症等を意図的に告知しなかったため締結されたものであって、本件のような事実経過のもとでは、保険金請求すること自体信義則の観点から許されるべきではない。

第三  争点に対する判断

一  商法六八〇条一項一号及び本件の約款一条(乙一)にいう自殺とは、被保険者が自由な意思決定によって自分の生命を絶ち、死亡の結果を生ぜしめる行為のことをいい、精神病その他の精神障害等の事由に基づき自分の生命を絶った場合には、右自殺には該当しないと解するのが相当である。

二  証拠(甲一、三ないし七、一四、一五、乙二ないし四、証人乙山花子)によれば、次の事実が認められる。

1  太郎(昭和八年六月三〇日生まれ)は、本件保険契約締結前の昭和五六年ころ、悪性リンパ腫の一種であるホジキン病に罹患したため、虎の門病院に入院して化学療法(複数の抗癌剤の投与)を受けた。退院後も、主治医の勝木医師の治療を継続して受け、同医師が焼津市民病院に転勤してからは、同病院にまで出向き、昭和六三年ころまで継続的に治療を受けていた。ホジキン病の化学療法は、嘔吐、頭髪が抜ける等の副作用を伴うものであるが、太郎は、当時、その副作用に苦しんでいた。その後、ホジキン病は再発していなかったが、太郎は、常にホジキン病の再発のおそれという不安にさらされていた。

2  太郎は、平成二年四月二八日から、上村脳神経外科クリニックの上村孝臣医師のもとに通院(自殺直前まで)していたが、平成五年七月、左脳梗塞発作(錯乱及び左半身麻痺)を起こし、上村医師の指示のもと、国立東京第二病院に入院した。同病院を退院した同年八月以降、太郎は、主として脳梗塞発作における後遺症的不安(自立神経失調症、精神的不安定等)にかかわるケア的な治療を上村医師から受けていた。しかし、平成九年一月二八日からは、太郎は、抗悪性腫瘍剤ベスタチンの投与を再開された。

3  平成一〇年三月二〇日、太郎は、体調不良(漢方薬を飲むと気分不良)を訴えて上村医師の診察を受けたが、上村医師は、太郎の容態をみて、湘南中央クリニックの鈴木正弘医師に精査を受けるように指示した。鈴木医師の診断の結果、上腹部に多量の腹水等を認め、悪性腫瘍の腹膜播種性転移を疑わせる所見がみられたことから、鈴木医師は、太郎に対し、胃癌の可能性や癌性腹膜炎も考えられるが、ホジキン病の再発も否定できない旨伝え、同日入院を勧め、太郎は、同日入院したが、同月二五日、会社の仕事関連の用件があるとの理由で、湘南中央クリニックを退院した。当時、鈴木医師は、太郎に対し、過去前医で施されたABVD療法、CDDP―VP一六療法、MIT―THP療法等の特殊療法(抗癌剤の多剤併用療法)を再開するよう勧めている。

4  その後、太郎は、自殺までの約二か月の間、頻繁に嘔吐する等して急速にやせていった(体重が約六〇キログラムから約五二キログラムに減少)が、鈴木医師や上村医師のもとに通院したものの、両医師から根治的療法を勧められたがこれを拒否し、吐き気、嘔吐、疼痛等だけを抑えるべく主として点滴療法、投薬等の対処療法のみを続けていた。

5  太郎は、自殺前々日の平成一〇年五月一四日夕方、嘔心・嘔吐が頻繁となったことから、湘南中央クリニックに通院し、本人の希望により、制吐剤注射のみを受けた。鈴木医師は、日増しに衰弱傾向が顕著になっているため、集中治療のために入院を強く勧めたが、太郎はこれを頑強に拒否した。

6  翌五月一五日朝、太郎は、気分が良いとしていったん原告会社に出社したのち、自宅に戻った。その後、太郎は、午前一一時ころ、湘南中央クリニックに通院し、鈴木医師の診察を受けた。鈴木医師は、腹部CTスキャンの再検査をしたところ、腹水貯留が更に増大し、腹くう内臓器の圧迫が増強しており、太郎の苦痛も極限に達していたことから、入院を強要したが、太郎は執拗にこれを拒絶した。その後、太郎は、同人の知人を介し、藤沢市民病院における五月一八日(月曜日)の診療予約を取った。

7  太郎は、自殺当日の平成一〇年五月一六日、原告会社に出社したが、その途中、ジュースを飲んだところ、急に気分が悪くなり、会社に着いたとたん、嘔吐を繰り返した。こののち、少し休むからといって、太郎は、午前一〇時ころ一人で会社二階の社長室に上がった。しばらくした後、妻花子が胸騒ぎがして二階に上がり、鍵のかかった社長室を開けたが、太郎はすでに首をつって自殺していた。

8  太郎は、原告会社の二階の社長室の換気扇に角帯を掛けて首をつり、壁に背をもたれて座った形で自殺していた。自殺現場には、飲んだ後のビール缶等のほか、「つかれはてました。このみちしかありませんでした。金西さん、一郎君、花子さんごめんなさい」と記載のある遺書が太郎の机の上に置かれていた。

9  他方で、太郎は、平成九年二月五日、原告会社の代表取締役を辞任し、自分の意に叶った宮嶋智史を原告会社の代表取締役としたが、妻花子らにその人事を反対されるなど、原告会社内では、人事、経営方針等が問題となっていた。平成九年一二月二四日には宮嶋は代表取締役を辞任し、太郎は、それ以前の平成九年一〇月一六日には再度代表取締役に就任していたものの、その間社内には混乱が生じていて、太郎は、自らの意見が社内で否定され、受け入れられないと悩んでいた。

三 以上の認定事実によれば、太郎の自殺が精神病その他の精神障害等の事由に基づくものであるとみることはできず、むしろ、二の1ないし7に認定した病状、苦痛等に加え、同9の事情により、これらが動機となって自殺したものとみるのが自然であり、太郎の自殺は、その自由な意思決定によって自己の生命を絶ち、死亡の結果を生ぜしめたものであるというべきである。したがって、被告は、原告に対し、本件保険契約に基づく保険金の支払義務を負わないといわなければならない。

原告は、太郎は精神障害中で自由な意思決定をすることができない状態で自殺したと主張し、その根拠として、前記のとおり、太郎の自殺直前及び自殺当日の行動・言動については、重大な脳器室性疾患の影響を受けており、また、太郎には、到底理解不可能な言動が続いていたとして具体的な事実を主張しているところ、これに沿う証拠(甲五、六)もあるが、前記認定事実に照らすと、太郎は、自殺当時、かなりの程度精神的・肉体的に疲弊しており、その言動等に多少理解困難なものがあるものということはできるが、これらをもって、太郎が精神障害等により自由な意思決定ができない状態で自殺をしたものとまでは認めることはできず、他にこれを認めるに足りる的確な証拠はない。

四  結論

以上によれば、原告の請求は、理由がないからこれを棄却することとし、主文のとおり判決する。

(裁判官・小泉博嗣)

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